わなびねこ

遮眼革か、沈黙か

ぎっくり日記

今日は妻の妹がうちに来るというので朝から掃除などしており、クイックルワイパーに夢中になっていたら腰に激痛が走った。その瞬間、「完全にやってもうたな」というのがわかった。ぎっくり腰にも程度があって、グッとなって「いまのヤバかった」という軽度のものから、ググッとなって「やってもうたか」とか、グキッとなって「やってもうた」など中程度のもの、そして今回のは「ゴキッ!」という感じで「あーっ、これはけっこうひど目のやつをやってもうた」と瞬時にわかった。

ベッドで絶対安静。2時間ほど経ってから体を動かしてみる。ゆっくりと寝返りを打ってみるとなんとかできる。そろーっと起き上がって歩いてみる。なんとか歩ける。これまでの人生で最悪のぎっくり腰のときは寝返りを打つだけで激痛だったし、ベッドから起き上がるのが困難だった。そのときと比べるとまだマシではある。

人生最悪のぎっくり腰は6年前。ちょうど今回と同じ時期だった。そのときは左足の薬指も骨折していて散々だった。あの日は夕方から予定があったが朝の時点では絶対に無理だと思った。しかし夕方が近づいてきて激痛に耐えながら起き上がって壁づたいに歩いてみるとなんとか歩けたので、寒い中サンダルを履き車に乗って出かけたのだった。普通のぎっくり腰なら数日から一週間で痛みはなくなるのだが、あのときは完全に痛みがとれるまで一か月近くかかった。

こんなことじゃこの先思いやられる。情けない。やってもうた瞬間はすごいショックだった。あー困ったな。いろいろ予定が狂ってしまう。2~3日で治ってくれたらいいのだが。

11年前の「戻ってきた」日の日記

何日か前のあの日は、時間のことも忘れてとても楽しく過ごせた。ひさしぶりにいい気分だった。食事もおいしかった。その前の日も、そのまた前の日も、うんざりした気分だった。でも、あの日は気分よく過ごすことができた。次の日はまた憂鬱な気分だった。そして何日かたって昨日で今日。


最初、気づいたときは、どういうことだろう?と思った。しばらくして、別のことをしているときに、あ、もしかしたら、と思った。そう思って見てみた。見る前にちょっと怖くなって、心の準備をして、そして見た。びっくりした。いろいろわからないけど、素直に受け取ることにした。しかし、びっくりした。ありがたいことだと思った。


自分でも決めかねていた。どうしようか迷っていた。ここにいてもいいと言ってくれているように感じて、気が楽になった。これで何か状況が変わるというわけでもないので、これからも同じようなところをグルグル回るんだと思う。でもいまは、とりあえずというか、ぼちぼちいこかという気持ちに戻ってきたというか、そう、戻ってきた。なんか恥ずかしいな。どうもありがとう。

わなびねこの前世(2009-04-02

周回遅れでかまわない

「こんなことがあって」「こんなことを思って」「だからこういうことに気づいた」を書こうとするとき、後ろの二つだけで物事を語ろうとしていたんだけど、そうじゃないみたい、と思い始めてる。具体的なことを避けるのがいいと思ってたけど、どうも違ったみたい。そっちのが性質が悪いみたい。


「こんなことがあって」はわかちあえないところだと思ってた。自分ですら受けとめきれないでいることなんだから他の人には難しいってことにしておきたかった。だからなるべく隠したかった。


でもそれは合ってるけれど間違ってて、もしも本当になにかをわかって欲しいのならば出来事をちゃんと描写した方が共感とかが得られたり、「自分だったらこう思う」なんて反応を受け取りやすいのかもしれない。今までの伝え方や書き方では拒絶してるみたいだったのかもしれない。

『周回遅れでかまわない』 - のきにっき

ようやく食欲戻る

やっと食欲が戻ってきた。ここ2~3週間でまずまず普通に食べられるようになってきた。この半年ほどはなかなか思うように食べられなかった。けっこう長引いてしまった。去年の半ば頃からいろいろとストレスが閾値を超えてしまって体調に影響が出るようになった。あの時点で対策を取っていたらよかったのだがそのままずるずるといってしまって、結局パニック症も再発してしまった。

献立を決めて食事を作ってもいざ食べようとすると不安感に襲われて食べられないということが続いたので、冷凍食品とかカップ麺とか菓子パンとかを買っておいて食べれるときに食べるような生活が続いた。以前にもそういう経験があるので時間が経てばいずれ戻るだろうと楽観してはいたが、それにしても思ったより時間がかかってしまった。

といっても食事時に不安感が出てしまうだけで、食間にお菓子を食べたりはしていたので(というかちゃんとした食事ができないのでわりと積極的に間食をしていた)この一年で体重や体脂肪率の数字は悪化している。まあしかたがない。また体調が万全になればカロリー管理などしつつ減量しなければならない。

体調が戻ってきたのはよかったのだが、半年近く料理を含めた諸々をサボる生活を続けてしまったので、これを立て直すのが難しい。ここでも何度も書いているが自分は根っからのぐーたら人間なので一旦堕落した生活に落ちてしまうとそこからなかなか抜け出せなくなってしまう。調子が悪いのはつらくもあるけど、自堕落な生活は自分の居場所にピタッとハマっているという心地よさもある。というかハマりすぎてとても居心地がよい。ある意味めちゃくちゃ安定している。だからここから生活を立て直すのは、安定の状態を壊して不安定な状態を保ち続けないといけないということなので、それはなかなかに困難なことである。

今日はひさしぶりにキーマカレーを作った。


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そこに苦痛があるから

昨年の秋にひざを痛めてから山に行けていない。山といってもウォーキングの延長みたいなもので近くの低い山へ行くだけだが、それでも5時間6時間と山道を歩くのは自分にとってなかなかキツいものである。

それなのに、本来家でだらだらしていたい人間がなぜ繰り返し山へ行くようになったのか。実際山に行く予定を立てていても、前の日の夜や当日の朝の時点で行くのをやめようかと思うことはよくある。もともとそういったアクティビティが好きなわけではないので、好き好んでしんどい思いなどしに行きたくはないのである。

山を歩いていて本当にキツい時は、頭の中が「つらい」「しんどい」「苦しい」「痛い」しかなくて他のことは考えられないほどである。しかしというか、だからこそというか、あの苦痛の中でしか日常の諸々を忘れることができないということでもある。現実逃避のためにわざわざあのキツい思いをしに行く。少々の苦痛では忘れることができないから無理やり山を登りに行くのだ。それはマイルドな自傷行為と言えるかもしれない。