わなびねこ

ねこにシャドーロールを、おれの心にブリンカーを

外部記憶装置に依存しすぎな生活

そういえば思い出したことがあったので書く。昨日のエントリーで書いた日々のメモというのは、自作の日記アプリのようなものに書いて保存してあるんだけど、以前は一日ごとにテキストファイルが作成される仕様になっていたので、何かについて検索しようとするとけっこうな時間がかかっていた。そこで2年ほど前に一念発起してデータベースというものを導入したところ、検索が一瞬にしてできるようになり、我が脳の外部記憶装置としてかなり使い勝手がよくなったのである。

まあアプリといってもド素人オヤジの趣味レベルのもので、とても人に見せられるようなものではないのだが、とにかく自分一人のためだけにカスタマイズされているので非常に便利なシロモノなのである。それはいわゆるスケジュール管理アプリみたいなもので、デスクトップに今月のカレンダーが常に表示されていて、その一日のボックスの中に予定などを書き込むことができるようになっている。さらに日付のところでダブルクリックなどすると日記フォームが別画面で開き、上半分が日記用のテキストボックス、下にはその日に撮った写真がサムネイル表示されるエリアといったつくりである。

それが昨年、パソコンが故障して一時的にそのスケジュールアプリが使えなくなってしまったときには、もう何もできなくなってしまうほど困ってしまって、いかに自分の生活がそのアプリに依存しているかということを思い知らされたのだった。これには自分でも驚いた。いろんな予定をすべてそのアプリに書き込んでいた。予定というか細かいことまでなんでも書き込んでいた。主な用事はもちろん、筋トレのスケジュール、一週間先十日先までの献立、それによって買い物にはいつ行くか、また週間天気予報を見てウォーキングや山歩きに行く予定も書き込んでいたし、ゴミの日や支払いの予定など、ありとあらゆることが書き込まれていた。またそのアプリとは別にExcel VBAで作った家計簿や毎日の食事の栄養管理などのファイルがあり、当然これも使えなくなってしまったので、本当に何もできずにほとほと困り果ててしまったのであった。

自分は何でも効率的に合理的にと考えてしまう人間で、つまりズボラでめんどくさがりというだけなんだけど、そうやって便利になるということは頭を使わなくなるということであり、数年前から脳の衰えに危機感を抱いている身としては、あまりよくないことだとは思っていた。と、ここまで書いて、前にも同じようなことを書いたような気がして検索してみたら5年も前に書いていた。


パソコンが故障して何もできなくなってしまったときには、「ここまで依存しきっていたのか」と気づいて自分でも驚いたし、それと同時にこれはヤバいと思った。効率化、合理化、自動化を進めていった結果、ますます脳を使わなくなり、加速度的に衰えてしまっているのかもしれない。ちょっと考えないとダメだな。

何でも前もって決めておくのではなくて、あえてその都度、何をするか、どういう順序でやるか考えるという思考を生活の中で取り戻していかないといけない。これも5年前に同じこと書いてるわ。5年前からなんにも変わってなくて、それも恐いわ。